北京に帰る

一か月に一度は会えたら会いましょうという約束で、別居約一か月で北京に戻ってきました。2日間滞在して東京に戻ります。

北京に向かう飛行機で、海外に行くのにこんなに気分の上がらない旅はないな、と思いながら自分の席に向かうと、中国人のおばちゃんがドーンと座っていました。

そこ、私の席なんですけど。と注意してどいてもらって、その厚かましい態度に、さすが中国期待を裏切らないスタートだなと思います。

その後も搭乗中に、私の席の境界線を大幅に越えてのしかかってくるおばはんと共に、無事に北京に着きました。

空港の近くに住んでいる利点を感じるのはこういう時だけですが、北京は近いとはいえ、移動で1日終わってしまいます。疲れる

家に着くと、なんだか懐かしく、あんなに憎たらしかった家ですが、自分の物がたくさんあって落ち着きました。人間というのは不思議です。与えられている時には良さはわかりにくく、手から離れた時に懐かしかったり寂しかったりするものです。

一通りチェックをすると、床の綿埃や水回りの汚れが気になり、掃除をしてしまいました。

一か月いないだけでこんなに汚れるのか、やっぱりウチの男は綺麗にできないんだな、なんて思いながら、ディーの作ったディーホールをならします。(彼が同じ場所に座るからソファにポッカリ窪みができるのです)

冷蔵庫には何も入っておらず、私が残した調味料が鎮座しています。野菜室には一本残っていた人参が干からびて半分になっていた。

切ってお皿にのせたら喜んで食べるのに、なしてそれをしないか?男というものはわからん。

急に彼の身体が心配になり、でも料理をする元気もなく、饿了么(e’-le-me/アーラマと読む)というアプリから出前を取る事にしました。

焼きショーロンポーと落花生のおつまみ、サンラータンのようなスープを頼みます。

仕事から帰ってきた臭いディーを風呂に送りこみ、ちょうど出前が来ました。

中国人の配達人「おたくの携帯繋がらないし、オレの携帯も電波がないし、どうしようかと思いましたよ、レシートはね、機械が店にないから明日届けますってお店から伝言ですけど、明日誰に連絡とればいいんすか?おたくの電話停止されてますって自動音声がさ…」

そうだった。日本に帰るから携帯を解約して帰国したけれど、sms文化の中国では、ショートメッセージが送受信できないのは致命的なんですな。

でも、そもそもレシートが即日出ないのもあり得ないが、中国ではよくある。紙が切れてますから2週間後に取りに来て、とか。レシートがないと食費が経費で落ちないので、出前の意味がない。

うーんじゃあ旦那の携帯番号渡すからこっちに連絡してね、というと、旦那中国語喋らなかったら困る、と言われる。

そうだよね、と私。

アンタも中国人じゃないでしょう?喋り方が中国人ぽくないもんね、と配達人。

うるせーよ、そんな流暢に喋れっかよ、ほっとけ。

インド人の様に転がった中国語を話す彼も、北京の人ではないだろう。北京人は舌は巻くけれど、やはり分かりやすい中国語を話すもんです。

風呂場から大丈夫ですかー?とディーが英語で叫んでいる。めんどくさいからここら辺で終わらせてメシにしよう、と思い配達人を帰らせました。

久しぶりのファミリーディナーは、ずっと一緒にいた時よりよっぽどマトモでした。

会話もあり、お互いの近況報告をし、限られた時間だからこそ、相手にフォーカスできます。本来あるべき家庭像とは違うだろうけれど。お互いに変わっているから、普通を目指すのが間違いかもしれない。

食後は荷造りやストックの整理をしていて、彼は相変わらずテレビを見ていたけれど、1日や2日なら彼の嫌な習慣も目をつぶれる、というより構っている余裕がないんですね。

寝室に知らない鍵が置いてあって、これどうしたの?と聞くと、怖いから寝室のドアもロックして寝てる、という彼

あー、こんなに大きくなって、海外でずっと一人でやってる様な人でも、隣人が居なくなって寂しかったり心配になったりするんだ、と安心する。

彼はlove youはよく言うが、どれだけ淋しいか、やどれだけ不安か、や自分がどんな心境かを殆ど言わないので、私の存在がどんだけ彼にとって大きいかが、イマイチわからない。私が居なくても平気で生きていけそうな感じなんだけれど。

しかし、デカイ犬のように膝に乗ってきて、私の腹を頭でぐりぐりするディーを、ホイホイとなだめながら、あまり長く別居は良くないな、と思った。

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