母になるって

37歳で初めて子供を産んで、それまでに何度も、子供を持つかどうかで悩み、結局悩んでも分かりませんでした。最終的に体外受精をして、できたらそういう事なんだと、出来なかったら諦めようと、そんな風に考えていました。

なので、子供がいない夫婦でもいいと思ったり、子供がいないと家族が完成しない気がしたり、この数年は欲しさに波があり、そんな心構えで子供を授かっていいのか、と疑問に思ったり、とにかく私は、一般的に子供が欲しい女性とは同じレベルになれない、迷える妊活者でした。

夫は8つ離れているので45歳で、二人とも高齢です。新生児との生活は体力的にとてもしんどく、また二人とも静かな方なので、赤ちゃんの泣き叫ぶ声に疲弊して、こんなに大変と分かっていたら、作らなかったかもと、もう既に何度か思っています。

娘は勿論可愛いですが、可愛いと身体的負担によるストレスは、グラフで右肩上がりに一緒に移行した後、あるポイントで反比例のように分かれます。つまり、自分の限界点を超えると、急に可愛いとか思えなくなってしまうのです。そして自分のそんな感情に、怖さを覚えます。

親も人間なので、腹も減るし、疲れて眠いのですが、赤ちゃんは容赦なくtake take takeです。無償の愛とはいえども、24時間終わらないでずっと続いていく育児に息詰まり、もう元には戻れないし、そもそもそんな事を考える事自体が不謹慎だと、自分を責めます。

でも、前には進めない。毎日同じ場所に立って、同じ事を繰り返しする、自分だけ空間に取り残された気分になる。少なくとも、私はこんな風に感じています。

夫は、恐るべき忍耐力を持つ人で、わたしにも殆ど怒らないし、何でもゆるやかに構えておおらかに対応し、動じません。

赤ちゃんが泣いたら、ナースや良く出来たお母さん達のように、そっと駆けつけて抱っこして泣き止ませます。機嫌が悪かったらずっと膝の上かお腹の上に乗っけて、あやして寝かしつけます。なんでそんなに献身的になれるの?と聞きました。

すると、そりゃあボクだって疲れてるし、辛いよ、でもさ、そんな時は、どんだけ恵まれてるか考えるの。こんなに可愛いコが腕の中で寝ていて、幸せじゃんて。いつかこの子がもうちょっと大きくなったら、オヤジと実家の庭で、一緒にガーデニングするんだろうなぁとか、うちの母親が初めて会った時の感動のシーンはどんなかなとか、そういう瞬間を楽しみに待って、今を楽しむんだよ、と。

自分の夫なので、あまり褒めるのもこそばゆいのですが、なんて出来た人間なんだろうと。そしてなんてアンバランスな人間なんだろうと。

神のような発言をする彼の髪は、私が年末に日本に帰る前に毛刈りをしたきり、伸びっぱなしで、はげてない部分がボサボサになり、気にしないのもほどほどにしてほしいくらい無頓着で、相変わらず爪はむしるし、注意して監視しておかないと鼻くそも食べている勢いで、立派な大人とはほど遠いヒトなんですが。

これくらいどうでも良く、気にしない性格でないと、子育てはきついんじゃないかと。私は細かくて神経質で綺麗好きなタイプで、家やテーブルがごっちゃなのも、嫌です。でも今は、小さなモンスターを育てているので、仕方ないのですが。

そんな私も、眉毛はボーボー、中学の時以来くらい整備されていない眉毛になっていて、服は母乳が滲み出てびちょびちょ、もしくは娘の吐き戻しで常にミルクかすがついていて、床もベッドもどこもかしこもミルク臭がします。恥もクソもなく、おっぱいはしょっちゅう露出していて、ゴミ箱に平気でパンティライナーをポイ捨てする始末。それぐらい、かまっていられないのです。

娘がいない生活は考えられませんが、今は大変過ぎて、その存在の有り難さに感謝しきれていません。母親らしくなれるまでは、もう少し時間がかかるかな。

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