鬱と私と楽観主義者の英国人夫

旦那が外国人だと、連れて歩いて自慢できると思うかもしれないがそんなことは全くない。私の旦那は腹が出ていて、横から見るともんのすごいデブに見える。頭は禿げている。服はださい。ADHDで一年中、一日中爪をむしっている。外見からすると、いいところが殆どなく、かっこいい外国人を連れている日本人女性を見るとむかつく。でも人生なんてそんなもんだ。美しい男性には大抵トゲがある。私の経験上。彼の同僚のミスタープレイボーイは、スッチーに飛行機の中で逆ナンされて、今度彼女が日本上陸するときにデートするそう。カッコイイ人は女がほっておかない。競争相手は必然的にレベルが高くなり、浮気の可能性も上がる。何がいいかは自分次第。一日中彼氏を外で連れ回すわけでもないし、家に帰ったら人柄のがよっぽど大事だ。見た目が素敵でも情緒不安定な奴は困る。自分の精神状態が不安定だから。

とはいっても、隣の芝生は青いのである

他の男のかっこよさだけでなく、他の男がどんな待遇をその相手にしているかは気になるし、したくなくても自分の旦那と比較してしまう。最近彼の友人が結婚し、入籍の日に都内の最高級ホテルを予約し、新婦側の家族と、自分の両親とを呼び寄せリッチな昼食会をしたと聞いた。羨ましすぎる。色々諦めた身とはいえ、高級ホテルには泊まりたいし、綺麗な服着てランチしたり、写真撮ったりしたい。うちの彼は写真を撮るのも嫌がって、結局お金を出しそうにないから、自腹で払っても痛くない格安フォトスタジオを予約した。最低価格で1枚写真を撮るのだ。この雲泥の差。うちは旅行に行っても高級ホテルなんて選ばないし。人と比較しないで済んだらどんだけ楽だろうと思う。自分を卑下したり、自分の状況を有難いと思えないことがどんなに悲しいことか。それはわかっていても、悲しいもんは悲しいのである。それを、ケチな夫にいちいち説明しても意味はないのである。その人が、5ツ星ホテルに滞在することが女の子を喜ばせる、とわかっていたら最初からやるはずなんだから。

この人を選んで正しかったのかなと思うことがたまに

ほぼ毎日楽しく幸せだけれど、私の人生をカラフルにしてきた、贅沢に過ごす、というスパイスが彼と一緒になって皆無になった。うちの親がお金がなくなったのも一つの原因だけれど。でもまだ親が沢山資金を持っていたら、また色々と住む場所やら何やら口出ししてきたりするから、もういいおばはんになって、バツもついているのに親に指導されるのもごめんだし、これはこれでいいのである。と思っても、羨ましさはとまらないけれど。

このもやもやと闘うのは疲れる

家庭内から出てくるものではなく、第三者や外部に影響されるものだから、防ぎようがない。私はずっとうつ病を持っていて、すごく危険な状態になったことは、まあないと言えるだろうけれど、不調でlow keyの状態がもう20代後半から、ずっと続く。前の旦那と別れたことは大きなトリガーになったけれど、もともと鬱体質であったと思う。心配性で、常に最悪のケースを想定し、普通以上に期待したり喜んだりしないようにしてきた。悲観的に考える習慣の人には当たり前のことだけれど、ディー(イギリス人夫)にとってはスーパーネガティブな人、という感じになる。僕はいつも前向きに物事を考え、物事のいい部分に焦点を当てようとするのに、あなたはいつも悪いことばかり考えて、僕のアイデアもすごくダメ出しするんだよね。

悲観主義の人間にとって、楽観的に物事を考え行動することはとてもリスキーで浅はかに思える

そもそもなぜそんないい風に考えられるのか、頭の中を割ってみてみたい。薬やセラピーには通わないで、ゆっくりでもいいからこのモクモクを治したい。煙のようにまとわりついて、ネガティブな考え方で頭を一杯にしてくれる。きっと私の物質主義が抜けた頃に良くなるんだろうな。

ブログランキング参加中

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Scroll Up