外国人の夫と赤ん坊と外国で年越しして思うこと

あっという間に1年が終わりました。変な年だったなあ。

コロナのおかげで、旦那は事実上長い育休のようになり、ずっと在宅勤務で育児を手伝ってくれましたが、コロナじゃなかったら、日本に帰っていて、両親に手伝ってもらいながら、日本にステイしたと思います。そうしたら、今ディー(イギリス人夫)がチャニマル(娘)と築いている素晴らしい親娘の関係は無くて、娘はジジババっ子になっていたことでしょう。

娘が懐いているからこそ、寝かしつけをディーができるようになったり、色々な育児を無理やりやらせたりできるわけで、世界中に広がるパンデミックに対してふざけた感想だけれど、良かった事もあって、でもコロナのせいで出来なかったこと、嫌だった事が三倍ぐらい多くて、良いも悪いも混じり合って、複雑な心境です。

今はとにかく、もう早く終わってくれないかと、そればかり願います。

私は外国で年越しは殆どした事がなくて、なんとなく日本人のアイデンティティから、年末年始は実家に帰って親の顔を見ておせちを食べたい、と自然に日本に帰っていました。一年以上帰国しないのは生まれて初めてです。

寂しいのですが、日本を見れていないので、平日のように時間が過ぎる韓国で、淡々と年越しをしました。夫が日本人でないと、年越しそば食べよう、とか初詣行けないね、なんて会話も勿論無く、それは彼も同様で、クリスマスイブの外食もなく、クリスマスのプレゼントを開ける家族行事もなく、お揃いのダサいパジャマで写真を撮る事もなく、クリスマッシーな雰囲気ゼロの、いたってニュートラルな我が家で、イカれた様に叫んでる娘をケージ内で見守るホリデーです。

私本人のクリスマス〜年末年始にかかる期間の心構えも近年変わってきて、クリスマスが正月に思えてきて、旧正月がお正月の様に感じるようになりました。これは、イギリス夫とアジア圏に暮らすごっちゃな生活から生まれたきたもので、クリスマスには、あー親族にプレゼント買ってカードと一緒に送らなきゃな、とか、元旦しか休みがない中国や韓国で、大晦日に、静かなもんだな、元旦を正月としてるのなんて日本くらいか?としみじみ思ったり、そんな感じです。

韓国では元旦に干支のケーキを食べるみたいで、街中のベーカリーは牛のケーキでいっぱいです。こういうのを見るときに、すごく不思議で奇妙な気分になるものです。中国では、クリスマスと正月を混ぜたディスプレイに怒りがこみ上げてきたのを覚えています。サンタクロースの顔が中国っぽくて腹が立ったのです。クリスマスが終わって新年を迎えても中華風サンタは街に居座っていたし、サンタの横に新年快楽って四文字熟語が貼ってあって、何だこの野郎と思いました。そんなチャイナとも無事にお別れできて、今は韓国です。人生はどうなるかわからないもんだな。

辛いものが苦手で、キムチとか白いご飯とか、わかめスープが好きでない旦那のせいで、韓国の家庭料理を作ったり食べたりする機会が殆どないのだけれど、たまには外でご飯でも食べようと、選んだのはサムギョプサルのお店でした。私はあんまりあぶらっぽいお肉は苦手で、でも一年に数回だからせっかくだし食おうと、食べたら美味しくて、あーこれが韓国料理の中でも人気なのがわかるなあと納得しました。ディーは脂が大好きで、私がよけたり切って捨てた脂も拾って食べて、ファットがラブリーだな。と言っていました。イギリス人ってラブリーってよう使うんですが、日本人に生まれ育つと、ラブリーはかわいらしいのイメージが強くて、ラブリーが出るたびにお!出た!と思ってしまいます。それにしてもファットがラブリーは、かなりガツンときました。娘にはそんな英語喋って欲しくないな。今はひたすらジェジェジェジェと叫んでいる娘。大丈夫だろうか。

最近は動きが激しくなってきて、離乳食でパスタを茹でて食べさせたら先っぽを掴んで振り回してカウボーイのようになっていたり、ティッシュの箱を食べていたり、何でも食べて頭突きして、激しくてついていけない。普段はおおらかなディーでさえ、ティーはピースに飲みたい…と、娘のケージから逃げ出てフェンスの外で紅茶を啜ってビスケットを食べている。

私はといえば、今日何を食べるか、が唯一の楽しみになっているので、元旦くらいは日本ぽいものが食べたいなと、思いたって作ったのが紅白なますでした。こんなんでいいんです。でも、やっぱり日本に帰りたかったな。

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