二人より三人が楽しい

結婚

子供ができるまでは、旅行によく行っていて、色んな場所に行って、二人だけで過ごす時間は、寂しいとも物足りないとも思わなかったし、楽しかった。

このまま子供がいなくてもきっと楽しいんだろうなと思っていて、どこまで子供が欲しいのかよく分からなかった。

妊娠中は、ただただ心配で、高齢出産だとか、血糖が高いとか、NIPTテストをするとか、その結果を待つとか、中国で診察を受けるとか、全ての不確かな事が嫌で不安で、早く終わって欲しいとずっと思っていた。つわりもあったし、体重もコントロールできていなかったし、楽しいことなんてなくて、ワクワクして新生児の洋服を買うとか、お腹に話しかけるとか、そんなのも出来なかった。胎児だった娘に、毎日肋骨をまさぐってかき混ぜられた妊娠後期は、本当にしんどかった。

生まれてからも、あんまりにも大変だったので、記憶がない。毎日の中で、可愛いと思った瞬間はあったけれど、赤ちゃんとの絆なんて感じられなかったし、とにかく心配で心配で、全てが心配で過保護になって、その割には娘からの愛情が全く感じられなくて、疲れて眠くて、夫と娘の押し付けあいをしていた。夫は起きてる時はすごく可愛がっていて、常にお腹に抱えて寝かしつけていたけれど、それもなんだか気に食わなかった。階段を降りているときに、今ここでこの子を落としたらどうしようとか、お風呂に入れているときに、今手を離したら溺れてしまうんではないかとか、そんな恐ろしいシーンが頭をよぎって、そんな情景を想像できてしまう自分にゾッとした。

夫とは、会話は娘に関することだけになって、話しかけるとすれば育児の伝達事項で、彼がどんな心情だとか、どれぐらい疲れているとか、本当にどうでもよかった。とにかく少しでも自分の時間が欲しくて、寝たかった。一緒の時間を過ごすことはなくなっていて、すれ違ってばかりだった。

今、8ヶ月になって、だいぶ人間になった娘は、ヤンチャでいたずらばかりして、女の子と思えない下品さなんだけれど、彼女の笑顔が世界で一番可愛いです。

朝起きて、夫がオムツを変えて、その間に私が顔を洗って、オハヨと娘に会いに行くと、とんでもない笑顔で迎えてくれて、笑顔の後ろから後光が差し込んで見えます。太陽が後ろにくっついている様な、そんなくらい輝いて見える娘の笑顔。

いつでも、呼んだらその笑顔で振り向いてくれて、私はそんな笑顔を頂く価値があるんだろうかと、彼女の母親になる資格はあるのかと自信をなくすぐらい可愛い。

私があんな風に屈託なく満面の笑顔で笑ったのはいつが最後だろう。多分高校の時だったと思う。大学に入ってからは、色々世間の世知辛さに触れて、どんどん擦れていってしまった気がする。そうしたらもう二十年近く、娘みたいに笑ってない事に気づく。でも人間不思議で、笑いかけてもらうと、笑い返してしまうのです。彼女が笑顔でこっちを向いてくれると、私も夫も笑顔で返して、今我が家はかつてないぐらい笑顔と笑いで溢れています。

オムツからはみ出たうんこを床に塗りたくっていても、今さっき履いた洗ったばかりのズボンに吐かれても、コンセントのプラグを引っこ抜いて、生えたばかりの乳歯で金属部分をかじっていても、どんなにオテンバでも、なんでもいいので、ずっとそばにいて欲しい。

前はおっぱいを見ると喜んで飲んでくれていたのに、歯のせいかおっぱいを初めて拒否されて、すごく戸惑った。今まで赤ちゃんだった娘が、一気にお姉ちゃんになってしまった気分になって、うろたえた。でも後でまた飲んでくれて、すごく安心した。まだ、卒乳はしないで欲しくて、搾乳も授乳も嫌だし面倒なんだけれど、そのちょっとの繋がりがなくなってしまったら、私と赤ちゃんだった娘の思い出が終わってしまう様な気がして、私は心の準備が出来ていません。

夫との関係は変わったけれど、子供がいなかった時に戻りたいかと聞かれたら、答えはNOになりました。もう一人欲しいか?にもNOですが、二人だった時より、三人の方が、よっぽど明るくて楽しい。

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